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男の私、女のおれ2.5 

時は緩やかになど流れてはくれなかった。
短大2回生の秋、祖母がくも膜下出血で倒れ、帰らぬ人となった。
手術に失敗し、助からなかったのだ。
自分の祖母であるかのように悲しんだ篤志は、通夜の席でぽつりと言った。
「先輩がお医者様だったら、お祖母ちゃん、助かったのかな…」
言っても仕方ないけど、と篤志は涙を流す。
「先輩なら、どんな手術でも100%で、きっとお祖母ちゃんも助かって…ううん、皆も助かって、世界中の人から感謝されるよね」
人間である限り、100%はないだろうと思ったが、篤志はそう信じているようなのであゆみは黙った。
だが、自分が医者だったら祖母を助けたいと思い、手術に臨んだだろうというのは想像がついた。
尊敬していたし、大切な家族だったから。
誰かが大切に思う家族を救う……それが医者。
「相変わらず妄想激しいな、お前は」
あゆみはそう言うに留めたが、未来がクリアになったような気がした。


医者になりたい。
少しでも多くの命が病や怪我に勝てるように。
大切に思う家族が助かり、嬉し涙を流せるように。


夢は確かに根付いた。
この日以降、あゆみは医学書などを隠れて読むようになる。
伯母が引き継ぐことになった短大には、もうあゆみが学ぶべきことはなかったのだ。



短大を卒業後、あゆみは医学部へ入る勉強をする傍ら、父親の会社を手伝った。
跡継ぎであることを放棄するのだ、学費は望めない。
自分の力で行くことになる以上、お金が欲しかった。
何より、父親の会社の状態も危ないものとなっており、手伝わなければ倒産や吸収合併の可能性も出てきていたからだ。業務提携を結んでいるパンダイの経営不振の影響もあるだろうが、それだけではない。ゲームソフト中心の会社だが、ここの所、ヒット作が出ていない。購入者離れが目立っている。
1年という期間限定を条件にしたが、それが守られるとは限らない状況にあった。
そして、その予感は、卒業してわずか2ヶ月で的中する。
両親は、見合いを勧めてきたのだ。
「私にはまだ早いと思うんだけど」
あゆみはそう断った。
だが、両親は何度も何度もあゆみを説得しようとしてきた。
今日も取引先からの直帰で家に帰り、玄関先で靴を脱いでいると、両親は二人揃ってやってきて、説得してくる。
「会社の為だ、お前には分かるはずだ」
「あなたの結婚に会社の全てがかかっているの」
結婚という繋がりから会社に援助してもらい、立て直しを図る。
もうそこまで追い詰められた状態になっていたのか。
あゆみは、溜息をついた。
顔に痛いくらいの視線を感じる。居合わせてしまった篤志のものだ。篤志は、自分が医学書を買い込んで読んでいることを知っている。幾ら篤志の頭が悪くても、自分の夢には気づくだろう。見合いをし、結婚をすることは夢を諦めることと同義であるし、また、自分が好きな篤志は自分と他の男の結婚など望んではいない。
だが、会社が倒産すれば、何百人もの人間が路頭に迷うことになり、彼らの家族の生活も脅かされることだろう。両親が補償に奔走したとしても、全てが円満に片付く訳がない。
(私が諦めればいいだけだ)
あゆみは、決意した。
「条件が一つだけある」
あゆみは呟くように言った。
「パンダイの社長令息入江直樹以外。それならしてもいい」
両親の頭には当然、彼の名はあっただろう。いや、恐らく第一の候補。パンダイも経営不振に喘いでいるが、結婚による結びつきでさらに縁を強固にし、自分達の頭脳で挽回を図りたいという意図があったのだろう。
だが、彼だけは避けておきたかった。
「パンダイも似たようなな状況。共倒れの可能性もあるから。違う会社の人ならいいよ」
あゆみはそう言い、喜ぶ両親と呆然とする篤志を置いて、階段を上がった。
家に置いてもらっている立場の篤志には見合いに関しては両親に何も言えないだろうし、両親も聞く耳を持つとは思えないと思うと、もう逃げ道はなかった。
夢を諦めて、見合い結婚をし、会社を手伝うことになるだろう。
そこには、勿論篤志もいない。いる筈もない。
選ばなければならなかったのだ、仕方がない。
だが。
同じ立場の直樹には、琴子を諦めてほしくない。直樹さえ諦めなければ、あの両親は琴子を差し置いて、見合いなどさせる訳もない。そういう話は、本人にすることもなく終わらせているだろう。
そこが、自分と違う決定的な点だった。
自分に出来るのは、見合い相手に選ばないこと、その話すら相手に伝えないこと。
たったそれだけ。
だが、それだけで十分だ。
「私は、きっと上手くやるさ」
あゆみは、瞼を閉じ、篤志の泣き顔を想像しながら呟いた。




その1ヵ月後。
あゆみはお見合いをした。
武西グループの会長の孫であり、傘下の百貨店の本店で営業本部長を務める、西秀臣という男性だ。
一回り年上だったが、穏やかな笑顔が印象的な人物だった。
事故で先立たれた妻との間に3人子供がいるという話だったが、人柄は良いと思った。
あゆみは、縁談を進めて良いと両親に告げた。
両親が喜ぶ中、泣きそうな顔で自分を見つめる篤志を視界に留めながら。




西との縁談は順調に進んだ。
西は穏やかな雰囲気を持っていたが、頭の回転は速く、また立ち居振る舞いも洗練されており、エスコートも自然と行ってくれた。婚約者としては完璧な男性だとあゆみは思う。篤志と出会っていなければ、多分このお見合いは成功した。じきに西を愛するようになっただろう。だが、もう篤志に出会ってしまい、その豊かな感情と突飛な行動力、裏付けるパワーに魅せられてしまった。振り払おうとしてもそれは無理な話で、結局封じ込めることしか出来ない。
そんなある日のことだ。
何となく電車で帰り、何となく遠回りをして帰っていると、横切った公園のベンチに沈んだ顔の女性がいた。
(相原さん?)
卒業式以後、姿を見ていないが間違いない。
周囲まで明るくするような笑顔と雰囲気がまったくなく、深い悲しみが伝わってくるばかりだった。
嫌な予感がした。
「隣、いい?」
声を掛けると、琴子はのろのろと顔を上げ、驚いたように目を瞬かせた。恐らく琴子はあゆみのことは知らないのだろう。見知らぬ人間にいきなり言われては驚くのも無理はない。
だが、じっと見つめていた琴子が不意に泣きそうになった。
どんな感情がそこにあったのかはあゆみには分からないが、恐らく想像した人物が絡んでいることは想像に難くなかった。
沈黙を肯定と勝手に受け取り、あゆみは琴子の隣に無造作に座った。
嫌な予感がしているが、それは出さずに務めて優しく、琴子に尋ねてみた。
「何か悩み、あるの?」
「え?」
琴子は驚いたように見つめてきたので、あゆみは上手く出来たか分からないが優しく微笑んだ。
「そういう顔をしているよ」
本当は直球に何があったか尋ねたいところだが、それはすべきではないと思った。今の琴子は、ヒビの入ったガラス細工の人形のような脆さがある。刺激しない方がいいと判断した。
「話したくないなら話さなくてもいいけど、近しくないからこそ話せるものもあるでしょ?壁に話していると思って話してみてくれないかな」
話してくれるかどうかは賭けに近かったが、琴子は数秒の沈黙の後、ぽつぽつと話してくれた。
その話によれば、現在パンダイも経営不振で倒産または吸収合併の危機がある(琴子は明言しなかったが、口ぶりであゆみはそう判断した)ようだ。その打開策として、現在社長代理として手腕を振るっている直樹が、あゆみとも面識がある北英社の会長の孫娘沙穂子(琴子が口を滑らしたので判明した)とお見合いをし、現在結婚に向けて話を進めているという。
嫌な予感は、当たった。
(…しかも沙穂子さんか)
母親同士が大学時代の友人であり、また大学と短大で違うが同じ祥鶴女子大学に在籍していたこともあり、会えばお茶を飲む程度には仲が良い。また、色々と面倒を見たこともある。
家庭的な美人で、しかも頭が良く、情に厚い。
現代の大和撫子ともいえる沙穂子が婚約者とは。
しかも、直樹は彼女が気に入ったと言い、諦めるよう促がしていると言う。
篤志に同じことを言っている現状、直樹が追い詰められた上での判断であることは言えなかった。
同じことを直樹は考えたからこそ、封じ込めることを選んだ。
どこまでも近くて、忌々しい。
そして、そうして泣く琴子はどこまでも…
「私と逆だな」
ぽつりとそう言った。
涙に濡れた目が自分を映す。
きっと篤志もこうして人知れず泣いているのだろうと思うと心が痛んだ。
「私は、好きな人から諦められるかもしれないんだ」
そう、篤志に促がしているから。
結婚の邪魔をするなと自ら篤志に釘を刺したから。
そうは琴子には言えなかった。
恐らく、琴子は直樹からそう言われただろうだから。
「どうして?」
それは琴子らしい、純粋な質問だった。
その純粋さがあゆみには眩しかった。
そこが可愛いと思うし、直樹が琴子を手放さなかった一つの魅力だろうと思う。(一番はやはり琴子の持つ、パワーだと思うが)
「私も、家の事情でお見合いをして、好きな人ではない人と結婚の話を進めているから。
私が好きな人は、私の為に怒ったり泣いたり笑ったりして、いつも一生懸命。
大雪の中、何時間でも私を待つっていうのは、ちょっと勘弁してほしいけど、私の為なら何でもしそうな人。
私を変えてくれた掛け替えのない人で、私を理解してくれる人。
どんなに冷たくしても、私を好きでいてくれる人。
けど、今回ばかりは諦められるかもしれない。
結婚となれば、今までとは違ってくるだろうから」
そう、篤志のことは好きだ。愛していると言ってもいい。
篤志が傍にいて、豊かな感情を表現して「好き」と伝えてくるようになってから、振り回される感情は人らしさというもの。
人らしさを篤志は与えてくれた。
そして、夢を根付かせてくれた。諦めることになっても、その夢を見れたことは幸せだった。
篤志は何も出来ないが、それでも自分を理解して、めげずに傍にいる。
流石に自分の為に高熱を出すのはやめてほしいが、篤志ならまたやりかねないだろうと思う。
馬鹿だと思うが、それが篤志なのだから仕方がない。
好きだが、それを諦めなければならないし、促がした。
この結婚は成功させなくてはならない。
自分の気持ちを封じ込め、偽らなければならない。
そうなれば、篤志も諦めるだろう。
だが、諦めた篤志を自分がどれだけ受け入れられるかは正直分からない。
「あなたは、諦められるの?」
琴子の問いは、純粋であるが故に自分には辛かった。
だが、恐らく琴子は自分達とは事情が違うと思っているからこそ尋ねたのだろう。
…実は、事情はかなり近いものがあるのだが。
(入江の気持ちには気づかずか。あいつも随分巧みに隠すものだ)
そう思うと、笑いも尚のこと悲しみに歪む。
「私は多分、諦める振りをするのかな。
完全に忘れるのは、無理だから」
忘れることが出来たら、どんなに楽だろうか。
西はいい人だ、完璧な婚約者だ。頭で分かっているだけに忘れられないことは辛い。
諦められて、そのことで諦める振りをするしかない。
そうして一生偽り続けなくてはいけない。
だが、琴子は反発するように泣き叫んだ。
「おかしいよ!そんなの。好きなのに…好きなのに…」
琴子の勢いにあゆみは驚いたが、沈んでいた心が少し明るくなったような気がした。
(ああ、入江。だから、お前は相原さんじゃなきゃ駄目なのにな)
こんな純粋に想える琴子を羨ましく思う。
その琴子に想われている直樹の何と贅沢なことか。
「ありがとう、相原さん。私の為に泣いてくれて。
入江も馬鹿だな、こんなに可愛い相原さんを泣かせるなんてさ」


本当にお前、馬鹿だよ。
沙穂子さんは確かに完璧だが、お前は相原さんじゃないと駄目だ。
こんな可愛い人を忘れようとしているなんて、本当に馬鹿だ。


驚きに目を瞬かせている琴子にあゆみは種を明かした。
「斗南高にいたんだ、私。同じ学年で、あなたのこともよく知ってる。
私はあなたが羨ましいと思ってた。
あなたは、私にはないものを持っているから。
周囲は身の程知らずって言ってたけど、私は応援してたんだ。
たまたま沈んだあなたを見かけたから声をかけたけど、逆に私が励まされてしまったね。
このお礼は、いつか必ずするから」
そう、いつか必ず。



あゆみは、持っていたハンカチを琴子に渡すとその場を立ち去った。
後に琴子から綺麗に折り畳まれたハンカチが返却されるが、「入江くんみたいなハンカチだね」と言われ、複雑な気分になったのは別の話である。
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