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男の私、女のおれ5 

篤志はあゆみの姿を見ると、怯えるように直樹の背後へ隠れた。どれだけ自分が怒った顔をしているのか想像がつくが、だが、今は自分から逃げる行動だと自分勝手な苛立ちを覚えた。
あゆみは、直樹の背後から篤志を引きずり出すと、思い切りその頬を叩いた。
あの直樹が目を一瞬見開かせ、彼なりの驚きを示したが、やはりそんなことはどうでも良く感じた。
叩かれた衝撃で尻餅をついた篤志は俯いて顔を上げようとはしない。
逃げられている、その事実にますます自分勝手な苛立ちを覚えた。
「今、何時だと思っている」
苛立ちをそのまま声に乗せ、あゆみは言い放った。
篤志が答えないことは分かっているし、直樹の前ですべき行動ではないことも分かっている。
だが、この苛立ちをぶつけずにはいられなかった。
「こんな夜遅くまで家に帰らないで…。
お前、どれだけ私に心配をかければ気が済むんだ」
そこまで私から逃げたいのかと言外に含ませ、あゆみはきつく篤志を睨んだ。
だが、その瞬間だった。
篤志は勢いよく顔を上げると、真っ赤に腫れた目をぎりりと睨みつかせた。
恐らく泣いていたのだろう、直樹の前でも涙を流しただろう。それでもあゆみの前では涙を見せない。
年下でも篤志は男だ、彼なりのプライドはあるだろう。
けれど、そのプライドが見せる表情がどれだけ痛々しいか、篤志は分かっていない。
あゆみが知る限りでは、こんな痛々しい表情を見せたことなどなかったから。
「何で……俺の心配なんかするんだよ」
その瞬間、篤志の目から涙が溢れた。
立ち上がると、篤志は涙でぐしゃぐしゃになった顔で叫ぶように言葉を叩きつけた。
「どうして俺に期待を持たせようとするんだよ。
心配するなよ、捜すなよ!!
俺のことなんて、放っておけばいいだろ?!
家に帰ってほしいなら、ちゃんと帰るよ。
もうこんなことしない。
だから、これ以上優しくするな。
先輩を好きのままにさせるなっ!!」
篤志は激情のまま、走り去っていく。
あゆみは追いかけることも出来なかった。
苛立ちのまま叩きつけた言葉は、それ以上の痛々しい言葉によって返され、打ちのめされたのだから。



篤志、お前は本当に馬鹿だ。
私がお前を好きだということを想像しないなんて。


私がお前を好きだと言えば、お前はそんな顔を見せずに済む?


でも、言えない。
言ってはいけない。


背負うものを背負って嫁がなければならない。


もう、お前を好きでいてはいけないのに、私はお前を好きなままでいる。
その位、お前が好きだ。


ああ、でも伝えたこともないのに伝わるわけもないか…。




あゆみが精神を立て直すのに、数秒の時間を要した。
だが、その場にいた直樹の言葉よりも顕著な視線を受け、苦々しい笑みを浮かべずにはいられなかった。
直樹は、自分と同じ立場にある。
彼の中では、琴子とすりかわったかもしれない。
琴子の悲しみは、篤志の哀しみであり、先程篤志があゆみに叩きつけた感情は、琴子が抑えている感情でもある。
(何故、私達はこう生きるんだろうな)
恐らく、かつての姿だったら迷わず選び、彼らに対し、感慨も抱かなかっただろう。だが、彼らは自分達の無彩色の世界を色づかせ、人らしい心を自分達に与えた。その人らしさを与えてくれた彼らだからこそ愛し、その心を与えられたからこそ苦しんでいる。
だが、それはお互い口に出してはいけない言葉なのだ。
その自由は既になく、望まなくとも用意された道を歩まなければならない。
「入江、篤志…うちの居候が迷惑をかけたようだな。すまない」
何も知らない篤志は、恐らくこちらの事情を全て話しただろう。
あの夏の日、苦しんでいた琴子がそうだったように。
直樹は彼らしくなくその心情を察したのか、あるいは身につまされたのか、どちらかは分からないが、そのことを否定することもしなければ肯定することもなく簡潔な事実のみ述べた。
「家にいるのが辛くて帰りたくなかったらしいな」
「そうだろうな」
篤志が帰らない理由など、それしかなかったから。
あゆみは直樹の視線を受けながら、篤志が走り去った方を見やった。
「あいつは、呼吸をするみたいに私のことが好きだから。
あいつは勉強は出来ないし、不器用だし、単細胞で失敗ばかりするどうしようもない奴だが、馬鹿みたいに一途なんだ。
一途に私を想い、私に感情の全てを向けてきた。
恐らく、ずっと私のことが好きだろう。
私以外の女に目を向けるなんて、今更出来はしないこと位解っている。
そのあいつにとってこの状況がどれだけ辛いか……解っているつもりだ。
私が一番あいつを追い詰めていることも……解っているつもりだ」


そう、お前と同じように。


直樹は自覚はないだろうが、顔を微かに歪めた。
今あゆみが言った言葉はあゆみ自身に対しての言葉でもあるが、直樹に対する言葉でもある。
ただ、自分と直樹が違うのは、まずこの結婚が自分は両親に望まれているということ。
直樹の両親、特に母親は、琴子を望んでいることは知っている。琴子が持っている全てが直樹に必要なものであると彼らは知っているのだろう。その点においては、直樹には逃げ道があり、救われていると言っても良い。
だが、琴子には琴子と同じ月日、琴子を想っている存在がいる。この状況だ、恐らく傷を癒す為に共にあろうとしているだろう。もしかしたら、琴子も彼と結婚の道を歩もうとしているかもしれない。共にあることを選ぶかもしれない。
恐らく、直樹は心を封じ込めきれないだろう。
琴子が与えてくれた世界の色は、直樹にとって鮮やか過ぎて、また、その心は琴子で埋められている。
自分がどうなることよりも琴子が離れていくことに彼は恐れを感じるだろう。
何故なら、篤志が自分から離れていく、諦める、そのことを促がしても受け入れられるか解らないし、そんな日が来なければいいと思っているから。つまり、自分はその日が来ることに対し、怯えている。
そう言うことすら、もう許されないのだと思うと、やるせない感情がこみ上げてくる。
「……入江、お互い辛いな」


お前なら気づくだろう?
この言葉に込められた、全ての意味が。


あゆみは沈黙の直樹を置き、ゆっくり歩き始めた。
直樹の答えは、待つ必要もなく分かっているから。



(ああ、私も早く家に帰らなくては)
もう篤志も家に戻る頃だろう。
恐らく、西は自分の帰りを待っているだろう。
とても心配しているだろう。
だが、あゆみは同時に認識していた。
西に自分の気持ちが確実に気づかれただろうということ。
それ故に、西は自分を追って篤志を捜すことはしなかったということ。
…何故、彼を見合い相手に選んだのだということ。



避けられぬ結婚をしなければならない自分の相手が、沙穂子ではない相手を想う直樹以外なら別に誰でも良かったということを。
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